プロジェクトについて

うま_corners

代表・蝦名宇摩より

私たちの想いは薄れていってはいないだろうか。
北の大地をむしばむ放射能は、未だなお幼い子どもたちの命を脅かしているというのに。
いまから五年前のあの日、この小さな日本列島で世界一恐ろしい原発事故が起こってしまった。事実を伝えず安全宣言を繰り返す国の情報を信じては、わが子を守ることなどできない。自分の力でこの小さな命を守るしかないのだ。そう心に決め、西へ西へと真夜中のハイウェイを逃げたあの日。暗闇の先に希望などなかった。
埼玉から裸一貫で避難した私たち母子を優しく受け入れ支えてくれたのは、岡山の大地であり、瀬戸内のおだやか海であり、何より温かい人と人とのつながりだった。ここで出会った皆とならきっと何かができる、という確信が「せとうち交流プロジェクト」の今に繋がっている。
キラキラ輝く子どもたちの笑顔に、そんな子どもたちの姿に安堵するお母さんのまなざしに、「保養」がどれだけ必要なことなのか、回数を重ねるごとに胸に刻まれていった。
この地で「保養」という活動を継続させていくことこそ、私たちが社会に訴えるメッセージです。

せとうち交流プロジェクトとは?

元瀬戸内市長である立岡脩二と、原発事故後同市へ避難移住した蝦名宇摩が中心となって始めた団体。2011年12月の発足後、毎年夏に9泊10日の保養キャンプを瀬戸内市にて実施。キャンプ期間中は自然あふれる離島で宿泊し、地元の新鮮な食材をなるべく使用した食事が出される。子ども向けには海水浴や虫取りなど自然の中での遊びを中心にプログラムが組まれ、保護者向けにはセルフケアをサポートする医学講座やシェフによる料理講座、メンタルケアやチームビルディングを目的とする対話の場などが組まれている。これまでの4年間にのべ145名を福島より迎えている。
※立ち上げの詳しい経緯は、こちらをご参照ください。

 

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瀬戸内市

瀬戸内市について

岡山県の南東部に位置し、瀬戸内海国立公園を擁する地域。市内は牛窓(うしまど)、邑久(おく)、長船(おさふね)の3つに分けられ、牛窓地区では「日本のエーゲ海」と称される美しい海の景色が楽しめ、邑久地区には「千町平野」と呼ばれる広々した水田の風景が広がり、長船地区は中世に栄えた大商業都市「福岡の町並み」と名刀「備前長船」を生んだ歴史豊かな地域。地震や台風などの天災が少なく、天候に恵まれていることから「晴れの国」と称される岡山県の中でも温暖な気候で海の幸、山の幸に恵まれ、夏はスイカやぶどう、桃、冬は白菜や牡蠣などおいしい農海産物が豊富に採れるところでもある。
文化面では美人画家竹久夢二の出身地であり、人形劇、詩歌、陶芸など多くの文化人を輩出している。
近年では移住者、とくに原発事故からの若い避難移住者が多いことが特徴。市が率先して移住下見ツアーや移住者と移住希望者との懇親会を催すなどしている。

プロジェクト運営体制(27年度)
主催  せとうち交流プロジェクト 共催 学校法人啓明学院
後援 岡山県 瀬戸内市 瀬戸内市教育委員会
瀬戸内市商工会 瀬戸内市観光協会  瀬戸内市社会福祉協議会
名称未設定

団体構成スタッフ
代表

蝦名宇摩

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副代表

大江和子

副代表

小岩井竜二
竜二の顔

 

会計

福本英典
福本さん

会計監査

中村瞳
ひとみ

スタッフの声

大江

大江孝平
2012年10月7日宇摩さんの玉野でのライブとき、原発事故で瀬戸内市に移住されたことを知りました。そのライブのチラシの中の蓮津ちゃん(蝦名の長女)に心を動かされ、ステージ脇の美乃ちゃん(蝦名の次女)の幼い様子を見たとき、なにかサポートができるのではないかと強く思い、現在に至っています。
傍観者で居てはいけないのではないか。もし仮にわが身に故郷を捨てなければならない状態になったならばと思うだけでも、自分の小さな”力”を出したいと思っております。
乙倉俊
2012年6月、宇摩さんと私たちbeZen鼓空(和太鼓集団)とで福島を訪れた。どこに行っても人々の顔の明るさはなく、深いやるせなさを感じた。その時から福島のことは私の心の一部になった。誰が不幸でも人は幸せになれないそうだ。

おとくら

維摩

小岩井維摩
3人の子どもをなんとか守らなくちゃ!と関東から自主避難してきました。そして岡山で出会った沢山の人たちのおかげで、念願のパン屋をオープンしました。支えてくれたせとうち交流プロジェクトのメンバーに心から感謝しています。
私たちにできることはほんの小さなことかもしれないけど、みんながそうであったら小さなことではなくなる。そう思っています。出会った福島のみなさんのおかげで感じることも沢山ありました。
これから先も出来るだけ目を背けずに私たちにできることをやっていきたいと思っています。
為房睦恵
一回目の保養のとき、朝食をとりながら「あれから初めてランニングシャツを着たんですよ」と話してくれた男の子のお母さん。全く違う日常生活の一端に触れ、ハッとしました。私にとって福島の人たちとの出会いは、自分を見つめるよい機会になります。身近にこのような場が与えられ、ありがたいです。

為房

ひとみ

中村ひとみ
「外で思いっきり走り回って遊びたい! 遊ばせたい!」そんな当たり前のことが、とても困難な世界に今わたしたちは生きている。福島のご家族の方と少しでも一緒に過ごさせていただいて、改めてそのことを思わされました。
それでも、いつの日にも、子どもたちの笑顔は宝物です.未来への希望です。大切にしていきたい。
福本英典
原発大国日本。一つ間違えれば岡山も福島と同じ災害を受けたかもしれない。幸い何の被害を受けたなかったことに感謝し、何か少しでも手伝いできればとプロジェクトに参加しました。
3.11から5年。福島を忘れないようプロジェクト継続のお手伝いが出来ればと思います。

福本さん

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皆木賢治
このプロジェクトで「東日本復興」に向けた皆の気持ちが大きな渦になったこと、そして、地域を超えた交流ができたことはすばらしいと思います。しかし、夏保養で元気いっぱいに自然の中で駆け回っていた子どもたちは、今もなお、福島で日々命を向き合いながら危険にさらされ生活しています。その子どもたちのためにも、東日本のみなさんのためにも事業継続に協力したいし、広い意味で問題解決の力となりたいです。
三宅麻由美
関東から岡山に避難移住し、福島からの方々と過ごす4回目の夏。
子どもも大人も肩の力を抜いてたくさん笑って、色濃い自然の中で走り回って踊って、美味しくご飯を食べる。そんなシンプルなことが大事で次への力になる気がします。
そして形にこだわらずにそれぞれのできることを集めて紡いで、5回目の夏も過ごせたらいいですね。
おかえり〜!や、いらっしゃい!と笑顔で会いたいです。

マーシャ